帰郷
「帰郷」「花」「愚者一燈」の3つの短編に坂本真典氏のモノクロ写真が添えられている。どれも、過去を振り返っていることが共通しているかな。
「帰郷」
>あの人が語ってくれた田舎へ私は帰郷してみることにした。列車の窓から過ぎ去る風景と共に話してくれたふるさとの風景、いい思い出があった訳も無く、だからこそ40年間一度も帰らなかった故郷。だけど語ってくれた話のなかで出てきた人物にありがとうと言いたかった…。
妻から見た主人公はとても真面目な人で幼い頃に苦労して上京してきたこと、そして多くは語らなかった人として映っていた。だからこそ、まだまだ知らなかったあの人の面影を探しに故郷へ向う。その故郷に向けての想いが綴られているのだが…実に切ない。地味に一生を終えたあの人を帰郷してみて、あの人そのものがジンワリ浮かんでくる。それは言葉でもカタチにも表せないものだけど。
「愚者一燈(1995・夏)」
>ずっと寝ていた。クーラーのない狭い四畳半の部屋で開けっ放しの窓から風を感じ、セミの声を聞き他所から聞こえてくる甲子園のTV放送を聞きながら。定職に付くことも無くバイトをすることさえも煩わしくなった主人公…。ふと思い出しては消え、また別のことを思い浮かべて過ごす一日が描かれている。
考える時間が長いのがいいのか悪いのか、読み進めるのがちょっと怖いな…と思わせるが、描き綴られていくうちに主人公は一つの事に答えを出す。主人公がラストにその答えにたどりついたのが良かったかどうかは分からない。読み手としてこのことに気づかせて貰えたのは良かった。
他の人には愚者の一日なのかもしれないが、そのなかで考えを巡らせている事は結構深い。だが本人にしてみればそれも愚者の考えと思っている。しかし、実は誰もがそんな風に思い巡らせることは出来ず、のほほんと暮らしている。このアンバランスさがもどかしいが、器用に生きられない人とはそういうものなのかもしれない。
3編に共通して出てきた言葉は、辻内さんの作品にも何度か出てくる『青空』。必ず…でもないが、迷ったり落ち込んだりしても上を見なければ見えない『青空』という言葉が出てくるのである。
どんなに切なく淋しくても、『青空』を鏡のように使ったり悩みも小さく映し出したりしている。また、包んでくれるような暖かさを感じる。先ほど書いた<読み進めるのが〜>のくだりは読んでおいてよかったと思い直した。
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8点