[ マンガ ]
館林毬はまんが家をめざす女子高生。目下、応募作品コンテストで第一席をとることが目標。ところが、締切り当日に書き上げた作品のラストページを学校で落としてしまう。──そんな毬の窮状を救ってくれたのは、毬が勝手にまんがのモデルにしていた数学の植草先生だった。次第に毬は植草先生に恋心を抱き始めるが……。
収録作品:
さようなら女達/おりしもそのときチャイコフスキーが/七月七日に/いたい棘いたくない棘/シンジラレネーション (あとがきまんが2P)
「さようなら女友達」マンガ家を目指す毬は賞を取るために徹夜をしてまで描いているが、それが心臓の弱い母と医師の父は反対する。明るく乙女チックでマンガ家を目指す…という典型的なキャラの明るさを持ちながら、母同様心臓の弱かった兄の死…というのがありつつ、また一番の親友との別れ、女友達との会話、そして出会い…と、走馬灯のごとく過ぎていく日々の中、一生懸命にいることが素敵なんだと気付かされる作品です。
「七月七日に」昭和18年、東京を遠くに離れ母と二人で下界から離れたもちの中で住んでいる13歳のつづみ。風変わりだけど美しい母はこのところ私に隠れて泣いていたりする。そんな中、近所に住む桃太郎の年の離れた兄が、つづみの母に気があることを知ってから、改めて母のことを気にしだすのだった。
なんというか静と動が何度も交互にやってくる(それがオーシマさんの特徴か…)。まるで夢みたいな…という感覚に陥るのですが、これもそのような感じ。小さい女の子が出てくる話は、母親との関係もしっかり描かれてるのも特徴かも。ちょっと変わった母子関係だけれども無二の存在、それを子どもの目線で描かれてるのだから…。ラストまでドキドキさせられます。
「あとがきまんが」本当は「こんにちはまり」の方が良かったかも…と、珍しく作品にコメントが付いていた(笑)。このあとがきが書かれた頃にサバが亡くなったみたい。「こんにちは女友達」「こんにちは男達」「こんにちは子供達」「こんにちは猫達」。「さようなら」と「こんにちは」とは隣り合わせの言葉。「さようなら」は言いたくないな。
収録作品:
さようなら女達/おりしもそのときチャイコフスキーが/七月七日に/いたい棘いたくない棘/シンジラレネーション (あとがきまんが2P)
「さようなら女友達」マンガ家を目指す毬は賞を取るために徹夜をしてまで描いているが、それが心臓の弱い母と医師の父は反対する。明るく乙女チックでマンガ家を目指す…という典型的なキャラの明るさを持ちながら、母同様心臓の弱かった兄の死…というのがありつつ、また一番の親友との別れ、女友達との会話、そして出会い…と、走馬灯のごとく過ぎていく日々の中、一生懸命にいることが素敵なんだと気付かされる作品です。
「七月七日に」昭和18年、東京を遠くに離れ母と二人で下界から離れたもちの中で住んでいる13歳のつづみ。風変わりだけど美しい母はこのところ私に隠れて泣いていたりする。そんな中、近所に住む桃太郎の年の離れた兄が、つづみの母に気があることを知ってから、改めて母のことを気にしだすのだった。
なんというか静と動が何度も交互にやってくる(それがオーシマさんの特徴か…)。まるで夢みたいな…という感覚に陥るのですが、これもそのような感じ。小さい女の子が出てくる話は、母親との関係もしっかり描かれてるのも特徴かも。ちょっと変わった母子関係だけれども無二の存在、それを子どもの目線で描かれてるのだから…。ラストまでドキドキさせられます。
「あとがきまんが」本当は「こんにちはまり」の方が良かったかも…と、珍しく作品にコメントが付いていた(笑)。このあとがきが書かれた頃にサバが亡くなったみたい。「こんにちは女友達」「こんにちは男達」「こんにちは子供達」「こんにちは猫達」。「さようなら」と「こんにちは」とは隣り合わせの言葉。「さようなら」は言いたくないな。







